音楽以外にも読書が一つの大きな趣味である私である。今回は私が敬愛する小説家とその著書をご紹介させていただきたい。
奥田英朗がこよなく好きである。「イン・ザ・プール」「オリンピックの身代金」「ナオミとカナコ」等、多くの代表作品を持つ、日本を代表する小説家の一人である。
正直に言うと、自分の文章の書き方もかなり奥田英朗の影響を受けていると感じております。
ミステリーにファンタジー、青春群像劇にヒューマンドラマまで多彩に幅広く書きこなす腕前は天下一品である。作品本来のストーリーの面白さもさることながら、登場人物のキャラクターや舞台のディテールを大切に組み上げていく作風が非常に魅力的であり、圧巻である。ズバリ書き込みの濃さ、である。“痒いところまで手が届く”、という表現をしたい。毎度綿密なディテールを持って物語が進み伝わってくるので、それにより読み手の作品への入り込み方が濃厚に変わってくるのである。脳内で登場人物が動く動く、景色が浮かび上がり描かれる。グワグワ感情が揺さぶられる。ページを捲る指は止まらない。圧倒的で重厚な読後感。気が付けば奥田スタイルの虜となっているのだ。
そういった脳内映像化のし易さであったり、エンターテイメント性溢れるストーリー展開がある作風だからこそ、作品の映画・ドラマ化といったメディアミックスも非常に多いのである。世間の非日常欲を満たし続ける、紛れもないビッグヒットメーカーである。しかし私が声を大にして言いたいのは、それとは対象になんてことのない些細な日々の中にある温もりや幸せも表現できる懐の深さを兼ね備えているのが奥田英朗の素晴らしさなのである。
フィクションからノンフィクションまでの幅広い器用な書き分け。そしてどこにも一貫して溢れるのは“人間味”である。時に優しく時に儚く悲しい。そして温かい。極め付けには笑える。もうこれが私には堪らないのだ。
奥田氏の作風について、もう少し具体的に説明したい。それは各キャラクターにおけるバランスの取り方の妙である。
例えばAとBの2人の登場人物がいるとする。Aにフォーカスを当てる場面とBにフォーカスを当てる場面をそれぞれ平等に設け、どちらにも“言い分”を持たせてあげるのだ。Aを立たせれば次はBも立たせる、といった形で絶妙なバランスを取りながら、各キャラクターに読み手の感情が入り込む余地をガンガンに作っていくのだ。また、そのバランスが綺麗に取れているので、物語の進行とそれに対する読み手の受け容れ方も滑らかになるのである。
上記のことは実際に奥田氏がインタビューで発言していたことでもあるが、この奥田氏のディテールへの美学こそが作品の本質を浮き彫りにし、やがて我々を読書の恍惚へ誘うのである。丁寧に表現する卓越されたスキルとテクニックは流石。
故に「オリンピックの身代金」や「ナオミとカナコ」といった作品のメイン登場人物は、一般的な考えを持ってしては必ずや咎められるべき存在であるが、読み進める内に不思議と彼らを全力で応援し、スリルを共にする自分がそこにいるのである。これが奥田マジックである。人間味、全開である。是非堪能していただきたい。
そしてご紹介させていただく作品は「イン・ザ・プール」である。言わずと知れた奥田英朗作品の中でも最も有名なものでないでしょうか。
精神科医・伊良部シリーズの第1作目。2002年刊行。この後2作目「空中ブランコ」、3作目「町長選挙」と続き、「空中ブランコ」では直木賞を受賞。大ヒットシリーズである。
私自身、この「イン・ザ・プール」が奥田英朗作品との最初の出会いである。しかも読み始めたのは人生的には割と最近で、7年前程である。どういった出会いだったかは覚えていないが、その時はブックオフでたまたま目に入ったので買ったのである。何となく作品名は知っていたと思う(多分)。気付けば本当に良い出会いをした。
色白でデブの奇抜な精神科医・伊良部一郎。そしてその精神科に訪れる、奇妙な症状や悩み事を抱えた患者。伊良部の突拍子も無い治療の数々に患者は戸惑い呆れながらも、不思議なことにいつしか伊良部の術中に取り込まれていく…。
「イン・ザ・プール」という題名の作品であるが、5つの短編で構成されている短編集である。1話読み切り型なので非常に読み易いのである。何と言ってもこれが活字初心者にもお勧めの第1ポイント!ついでに表題作は第1編に登場する。
とにかく笑えるのである。マジで笑える。楽しい。これを読めば読んでいる間は嫌なことを忘れられるのである。
何と言っても伊良部のキャラクターが最高だ。どう考えても常人ではないのだが、みるみる内にその滑稽さと破天荒な振る舞いに惹かれていってしまうのだ。そしてそのやり方はどこかしっかりと理に適っているからまた面白い。癒されてしまうのだ。
そして各患者のキャラクターも魅力的である。「こんなことあるわけねえだろ」なんて思いつつも、実際人間と言うものは分からないもので、自分でも誰にもいつどこで常軌を逸するかは未知数である。患者にも立派な言い分やそれなりの理由があり、その状態に達してしまっているのである。そういった人間の本質の捉え方もまた巧みで、これまた引き込まれてしまうのである。ただ、「勃ちっ放し」(2編目タイトル)には流石にそうはなりたくないが…。笑
サブキャラのマユミもまた良い味を出している。この女キャラがいるといないで作品の味の奥行きが変わってくる。料理で言うところの料理酒である。バランサーが随所で絶妙に活躍してくれるのだ。
改めてになるが、本作はニヤケて笑えてほっこりも出来る物語の数々である。爽やかな読後感が待っていることであろう。
と言うわけで、とてもサクサクと読み進められる一冊でございます。小説に興味がある人、活字が苦手だけど読書に挑戦したい人にはまず奥田英朗「イン・ザ・プール」をお勧めさせていただきます。とにかく読み易いです!
映画化もされておりまして、その映画の伊良部役は松尾スズキなのですが、自分の脳内イメージでは芋洗坂係長なんだよなぁ…。笑
ついでに個人的には2作目「空中ブランコ」収録の「義父のヅラ」がもう可笑しくてしょうがないです。笑 そして同じく収録されている「女流作家」では、今でも思い出し泣きしてしまいそうな温かい展開が待っております。こちらもご興味あれば、是非。
皆さんの人生にも豊かな読書ライフを!ではまた!