アッチの街の片隅から愛を込めて

迸るほどの愛を込めて、濃厚かつ丁寧に音楽その他色々を語ります。

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2020日本シリーズと埼玉西武ライオンズを振り返る その2

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新型コロナウイルスの影響により、異例のシーズンとなった今年である。無観客での6月開幕・その後入場制限での有観客試合、総試合数減少も連戦続きの過酷日程、交流戦オールスターゲーム無し、特別的なCSの開催(セリーグはCS無し)…。こうして無事に日本シリーズも終了し、本当に良かったと私は思う。選手は勿論のこと、球団関係者も大変だったと思うが、ここまで駆け切ったことに感謝を申し上げたい。

 

再三申し上げるが、私は埼玉西武ライオンズファンである。コロナによる自粛の影響もあり、私は今年改めて野球への熱が再燃したわけであるが、本当にライオンズナインには毎日を楽しませていただいた次第である。野球は素晴らしいのである。

 

ここで、何故私がライオンズファンであるのかというのをご説明したい。

まずは、私の地元・埼玉県に本拠地を設ける球団であるから。これに関しては言うまでもない。私は地元愛や愛国心は強い人間である。埼玉の名を背負って戦うライオンズは、私の魂そのものとも言えるのである。

そして、選手が好き、である。

今現在も、沖縄が生んだ和製大砲・山川穂高を筆頭に、生ける大レジェンド・おかわり君こと中村剛也、衰え知らずのミスターライオンズ・栗山巧…等とにかく一つ一つ挙げていくのもキリがないほどの名プレイヤー揃いであるが、子どもの頃に初期衝動的に好きになった選手はズバリ松坂大輔である。やっぱ松坂なのである。世間を騒がせた超高校級ルーキーは、当時の私にとっても「とにかく凄い人」という印象でしかなかった。また再びライオンズに戻ってきた松坂であるが、今期の登板はゼロであった。私は一度で良いから生の松坂が見たい。

そして今現在もライオンズ2軍監督を務める松井稼頭央や、ミスターノーノー未遂・西口文也、ライオンズレジェンド助っ人・カブレラ…等往年の選手も堪らなく好きである。とにかくライオンズは“濃い”のである。これに尽きる。故に面白い。

 

そして極め付けであるが、これは私の少年時代の思い出が決定的なものとなっている。

 

私が小学1年か2年か、どちらかの夏のことである。東京に住んでいた時のことであるが、学校のすぐ近くに公園があり、そこで夏祭りが行われるとのことで、私や友達は毎日盆踊りの練習に明け暮れていたのだ。練習に参加すると、ご褒美でお菓子か何かを貰えた気がする。こういった行事ごとは子どもにとっては堪らなく楽しいものだ。来たるべき夏の風物詩に向けてワクワクしながら日々を過ごしていたのだ。

そして夏祭り当日の、その公園でのことである。練習してきた盆踊りもついに本番。私は高ぶっていた。

と、そんな心持ちであった私の元へ母親がやってきたのである。そして、何やら私を急かしている。ん?何だ?

すると母親は言い出した。「今日は野球を観に行く日だったでしょ!」と。私はそんなこと一切聞かされていなかった。否、聞き逃していたのかもしれない。しかし完全に脳内はパニックであった。とにかく私はこの後、盆踊りたい。Bon-Danceをしたい一心であった。しかし、この状況を全く理解できぬまま、ドナドナ車へと連れ込まれ、公園を後にしたのである。とても悲しかった。

そして、着いた場所は西武球場(当時)であった。とにかく私は夏祭りに参加できなかった傷心を抱えたまま、野球を観ることになったのだが、当時は野球への興味は一切無く、野球のルールなど全く把握していなかった。よって、ちっともこの日の野球観戦は楽しめなかったのである。以来、この恨みのみが残る日々を過ごすことになったのである。

 

しかし、時は立ち(中略)野球というスポーツへの愛情が生まれた私には、この日の出来事が重要な意味を成すことになってくるのである。初めて行ったプロ野球の試合が西武球場でのライオンズ戦であったのだと。原点はそこにあったのだと。こうして現在に至る強いライオンズ愛が形成されたといっても過言では無いのである。今となっては親に感謝である。

 

 

今年はリーグ3位という、Aクラスでありながらもリーグ3連覇及びCS進出を逃してしまったライオンズであるが、夏場の悪夢の7連敗や、先発投手陣・主砲山川や森の不調に中村の手首死球による一時離脱等、非常に悩ましい問題が多々ありながらも、最後はよくここまで盛り返したと思う。辻監督の手腕もさることながら、選手の奮起に感動でしかないのである。本当に熱い試合を楽しませていただいた。

 

名シーンが多く生まれた今シーズンであった。試合後に森友哉が号泣した、山川のサヨナラタイムリー勝利、ラッキーボーイ山野辺の対ロッテ戦2日連続サヨナラ勝利、京セラオリックス戦の外崎激走ランニングホームラン、PayPayドームソフトバンク戦の劇的中村剛也グランドスラム…等どれもが心に焼き付けられる印象的なものであった。

個人的には、8月30日の楽天生命パークでの対イーグルス戦が最も印象深かった試合である。

2-0で楽天リードのまま9回表の攻撃。山川の四球と森のヒットで塁上にランナーを貯め、希望を繋ぐ。そして続くバッターはメヒア。この時のアウトカウントは2つ。そして2ストライクまで追い込まれしまってからの、まさかまさかの一打であった。超低弾道の弾丸ライナーでボールはレフトスタンドへ一直線に吸い込まれた。メヒアのスリーランホームランにて一気に逆転。この日の中継を観ていた私は叫んだ。そしてこのまま9回裏を守護神増田が抑えライオンズは勝利した。敗北を確信していた試合展開であったが、まさかこんなことが起こるのかと。野球はまさに最後の最後の一球まで分からないものだと、ミラクルなドラマが起こりうるスポーツなのだと改めて思い知らされた瞬間であったのである。

 

秋口以降は我らが若きエース・髙橋光成の安定感が凄まじかったのである。9月8日の対オリックス戦では、9回までノーヒットノーランピッチングを展開し、この回先頭バッターに安打を許したものの、完封勝利。西口文也よろしくのノーノー未遂により、またもライオンズに新たなる歴史が刻まれたのである。

 

そして何と言っても勝ちパターン継投の確立である。7回からの森脇→平良→増田によるMTM勝利の方程式は、言わずもがな秋口以降のライオンズのAクラスへの這い上がりの大きな一因であり、我々に大きな感動と喜びをもたらしてくれたのである。新人王待ったなしの平良の豪快で安定感のあるピッチングは勿論のこと、私は森脇の成長に敬意を表したい。開幕からは敗戦処理班の一員だったものの、よくぞ腐らずのし上がってきたと思う。制球力抜群のピッチングと、そのメンタリティは本当に素晴らしい。感動であるのだ。

 

また来年のライオンズのプレーが今から待ち遠しいのである。そして何より、守護神増田のFA宣言残留も決まり、とにかく安堵と感動でしかないのである。よくぞ残ってくれた。ありがとう、本当にありがとう。君もミスターライオンズだ。

 

是非皆さんにもライオンズに興味を持っていただければ幸いである。共に青炎を送らないか?

ではまた!

 

 

2020日本シリーズと埼玉西武ライオンズを振り返る その1

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余りにもその衝撃的な展開と内容をもって幕を閉じた今年の日本シリーズは、もはや日頃プロ野球に興味の無い人たちにとっても、印象的なものとして刻まれてしまったのではないのだろうか。

 

今シーズンのセリーグ王者の読売ジャイアンツパリーグ王者ソフトバンクホークスとの戦いは、まるで大人と子どもの腕相撲さながらの力量差を見せつける形でソフトバンクが楽々4戦4連勝し、日本一の称号を得たのである。それはもう圧倒的であった。いや、酷い。

 

かねてより永久の埼玉西武ライオンズ愛を貫いている私であるが、今回の日本シリーズは断然ジャイアンツを応援していたのである。仮にパリーグクライマックスシリーズ千葉ロッテマリーンズが制していたのであれば、ロッテを全力応援していたであろう。しかしそれは叶わなかった。

 

何故ソフトバンクホークスを応援しないのか。理由は簡単である。強すぎて嫌だからだ。正直言って腹ただしい。そのくらいに強すぎる。

 

2018,19とライオンズがリーグ連覇を成し遂げたにも関わらず、2年ともソフトバンクの手によって日本シリーズ進出の夢は阻まれているのである。結果ソフトバンクは今年で日本シリーズ4連覇という、驚異的な領域へと達したのである。

 

とは言えホークスの強さは今に始まったものではない。ダイエー時代からもそうであった。目に余る暗黒期というものが存在しないチームこそがホークスだと感じている。少なくとも私が物心ついて野球を好きになり始めてからは。常にチームを牽引する強打者と絶対的エースが存在し、ライオンズ含むパリーグの他チームを苦しめてきていたのである。かなり昔にはなってしまうが、松中信彦の全盛期時代なんかは少年心ながら実に腹が立っていた。打ちすぎやろ、と。とにかく自分は常にパリーグではライオンズが一番の考えであるので、それを脅かすものはとにかく憎いのである。その要因の多くが常にホークスに存在する。

 

そして極め付けは、今回の日本一に関しても多くがソフトバンクホークスの生え抜き選手と育成選手の実力の賜物というところであり、超優等生さながらケチの付けようも無い、ぐうの音も出せないチーム状態であるところがまた憎いのである。本当になんなの、と。

 

ジャイアンツに関しても、近年は生え抜き選手の活躍が多く見られ純粋な野球ファンからすると好印象であることには間違いは無いが、これまでの他チームから強力な戦力を引き抜いて補強していくチーム作りの“ベース”の部分や、選手個人の育成力の差がホークスとの大いなる違いとして悪く出てしまったのだと感じる。

 

 

実際の日本シリーズの内容であるが、ジャイアンツナインの打てなさが異常であった。初戦のソフトバンク千賀に対しては打てる気ゼロ、とまあこれは仕方ないとして3戦目のムーア・モイネロ・森の継投にあわよくばノーヒットノーラン負けを喫するところであったのである。9回2アウトで丸がヒットを打たなければ、ジャイアンツ史上これ以上ない最低最悪の日本シリーズとして、永遠に語り継がれていかざるを得なかったのである。(とは言え既に最低最悪ですが…)

そこまで打てんかジャイアン、と。これがセリーグパリーグの差なのか、と。逆にホークスは栗原を筆頭にしっかりタイミングを合わせてヒット量産。確実に点を稼いでいく。

 

いちプロ野球ファンとしては、その悲しすぎる現実を直視するのが精一杯であった。故に私としては何一つ面白くなかったのである。

恐らく、初戦でジャイアンツが絶対的セリーグのエース菅野で勝てなかった時点でもう勝負は見えかけていたのであろう。

 

疑問が残るのが、まず何故2戦目で原監督は戸郷を先発で投げさせなかったのか、である。菅野に続くチーム2位の勝ち星を挙げ、今年フィーバーを果たした若き次世代エースを頭から持っていかなかったのか。

長身から繰り出される速球と独特なフォーム感は、シーズン通してパリーグの試合を観続けた私としても珍しい投手だと感じるのであり、初戦を菅野で落としてしまった以上、流れを変えるなら戸郷以外はいなかったのではないかと、マジで思うのである。そのくせ、中途半端に中継ぎとしてほぼ全試合に登板した始末である(尚、敢闘賞は獲得した模様)。

先発でホークス打線とぶつかり合い、ジャイアンツの攻撃のリズムを作ってほしかったというところだが、何とも不完全燃焼である…。

 

ついでに4戦目の終盤で菅野がブルペンで投げていたが、あれも謎であった。どうしたかったのか。4-1で負けていたが、あわよくば出すつもりだったのか。これもよく分からない。

 

そして更に悔やまれるのは、原監督がホークス工藤監督の全試合DH制導入の提案をいとも簡単に受けてしまったことである。それも今やることじゃないだろう…と。どちらかというとホークス打線を甘く見た結果なのではないのだろうかと思う。プラスジャイアンツ打線への慢心だ。初戦の菅野では絶対に勝てると思っていたのだろうし、その程度のホークス打線だと思っていたのであろう。

結果としては、京セラドーム戦で本来計算できるはずであった投手打席分のアウトを稼げず、挙句2戦目はホークスDHのデスパイネから満塁ホームランを食らう始末。いくら原監督が以前よりセリーグへのDH制導入を推進しているとは言え、日本シリーズで、しかも近々でその判断をしてはいけませんということであったのだ。

 

とにかく、ジャイアンツファンは絶望であっただろう。普段これといってジャイアンツを応援していない私でさえも最悪の気分になったからだ。昔から存在する“人気のセ、実力のパ”という言葉は、ここまでにその通りなものなのかと、溜め息しか出ないのである。もう少し面白いゲームをしてほしかった。

 

特に私は何を言いたいのかと。そう、これ見よがしにジャイアンツがけちょんけちょんを言われまくるしかなくなったこの現状が嫌なのだ。しかし、もはやそれすらも認めざるを得ないのである。ジャイアンツは強いんじゃなかったのか。圧倒的大差でセリーグ制覇したのではなかったのか。天下の巨人軍だろう。そんなのでいいのか。

 

もはやこの実力差はセリーグ全体、球界全体で考えなくてはならなくなったのだろうか。私はジャイアンツ坂本が好きだが、2000本安打達成は本当に感心したのである。しかし、それも“セリーグだったから”なんて言われかねないのである。そんなことないだろう、と思いたいのだ。

そんな衝撃的で酷い日本シリーズであった。

 

その2へ続く。

ではまた!

 

To Be Free~自由への道~

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信念を曲げない人間である、と私は自らを評価している。一度決めたことは芯を通して成し遂げる。正しいと思うこと、好きなものを真っ直ぐに信じ、真摯に向き合う。良く言えば一途、悪く言えば頑固である。ともあれ、当ブログで綴っている音楽や小説の記事なんかに関しても、最も分かりやすいその精神の表れである。流行り廃り関係無し、といった一直線に我が道を突き抜ける意気込みを感じていただけるのではないだろうか。

今年、私はプロ野球に夢中である。中学生の頃は野球部に所属していたこともあるのだが、また野球熱が再燃の一途を辿っているのである。贔屓球団は何を隠そう地元埼玉西武ライオンズである。小学生の頃から一途に獅子党を貫いている。しばらく野球への興味が薄れていた私であったが、そのブランクを埋めるがの如く日々勉強と情報収集をしている。コロナの影響もあるのだろう、あまり出掛けたり遊んだりもできないので、最近は時間さえあれば野球中継を観て熱い青炎(せいえん)を送り、ライオンズ戦の勝敗に一喜一憂する生活を送っている。(ブログ書けよ。)

 

今年は非常に調子が悪いライオンズであるが、走攻守と野球の面白さその全てが楽しめるライオンズのプレーが大好きだ。これからも生涯を通して埼玉西武ライオンズを応援していく所存である。

 

そして熱量余って、いよいよ本拠地メットライフドームへの現地観戦も行った。入場者数制限がされている現在のドームの厳格な雰囲気もまたそれはそれで良いものである。尚、その日の結果はちゃんとした敗北であった。日ハムにしてやられたのである。私が球場へ足を運んで、応援しているチームが勝った覚えが無い。



 

 

そんな信念を貫く漢である私であるが、何よりも譲れないものがあるのである。

 

 

私は確固たるトランクス派である。それはもうガッチガチである。

 

 

 

かつてトランクスを履いていた男性も成長とともにボクサーパンツへと移行をし、成人男性の殆どはボクサーパンツ派と言っても良いだろう(俺調べ)。しかし、30歳を超えた今尚自らはトランクス派を貫いているのである。

 

正直言えばそのどちらも良さがあると思う。しかし、見た目のスマートさとコリモツ(モッコリ)を含めたワイルドさはボクサーパンツの方が一歩秀でていると言っても過言ではない。

しかし。私はトランクスのフリーダムさが好きなのだ。太腿の解放感及び股間の“お任せ”感が非常にイイのである。私自身肌が弱いというところもあるので、ムレにくいというメリットが非常に大きい。ムレは大敵である。

 

 

股間のポジショニング問題”が男性諸君の共通項として存在しているが、ボクサーパンツ派からしてみればそれを一定のポジションに固定できることが有利としているポイントと感じているであろう。しかし私からしてみれば、非常にムレやすく身動きも取れない苦境な環境に股間を留まらせることに邪を感じるのである。可哀想である。苦しくないのか、と。

 

 

自由にさせてあげませんか?と言いたい。揺らいでいても良いじゃない。お前がそうしたいのであれば…。

 

 

トランクス派が如何にも子どもっぽいと、時に批判の目を向けられ心痛むこともあるが、私は確固たる信念を持って貫いていきたい。それこそが本当の“自由”なのだから。

 

 

 

な?

 

 

 

 

ではまた!

 

夏の奇跡~A Miracle In The Summer~

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長ーい梅雨が明けてからはシンドイくらいに暑い真夏の日々が続くが、これが非常に堪らないのである。待っていたよと。夏、待ってましたよと。そんな気分である。夏を抱きしめたいのである。夏が好きである。というよりも、夏が好きになってきている自分がいるのである。特に理由は分からないが、ハッキリと昔は夏が苦手だった。眩しい夏の日々こそ、閉じ籠っていたかったのである。

 

時代の変化もあるだろう。手元には便利すぎるほどのスマートフォンがあって、人と連絡を交わしたり、刺激的な情報を得たり色々とできる。自分が子どもの頃に比べると、可能性という意味では1と100くらいの違いで広がったと感じる。

 

とは言え、精神的な変化もあったのだろう。外に出れば一気に眩しい日差しが全身に襲い掛かるわけだが、それを受けては「チクショー!あっちぃなー!最高!」みたいな心境になるのである。まあ夏は短いのである。とても短いのである。普段無い季節なのだから、浴びていきましょうよと。熱中症に気を付けながら。しかし今年はあちこち行けませんですけど…クソコロナ!!

 

 

 

ある日、ブログ用の資料探しの為に図書館へと向かった。まだ陽が明るい夏の夕刻。夏を肌に感じながら、軽快に自転車を漕いでいたのである。

 

目的の図書館近くの住宅街を走っていると、目の前に犬の散歩をする人がいたのである。それは別になんてことのないありふれた光景であるが、一つ確実に違和感を覚えることがあったのだ。

 

犬が物凄くデカいのである。もはやbigを越えてhugeである。つい心の中で「デッカァ!」と言ってしまった。散歩していたのは女性の方であったが、犬を直立させて比べようならば、その人と同じくらいの大きさはあるだろう。あまり見慣れない犬で、自分は犬種に関してはあまり詳しくないので何犬かは定かでは無かったが、全身がフワッフワもといファッファの白い毛で覆われ、非常にキュートな犬であった。可愛らしく、のんびりと飼い主さんと街を闊歩していた。

良いものを見たなと。ちょいとばかしテンションが上がったのである。

 

 

 

やがて図書館に着く。子どもの頃から通っているので、慣れた足取りで目的のコーナーに向かい本を物色する。一応しっかりと記事として書く前に資料の再確認をしているわけですよ。まさに抜かりの無い男である。目的の本はすぐに見つかり、借りて帰ることにした。

 

 

ついでで買い物を済ませ、自宅へ戻る。家に着こうとした、その時であった。

 

 

近所の家の扉が開き、そこから出てきたのはまたもや物凄くデカい犬であった。しかもほんの数十分前に遭遇した白い犬と殆ど同じような見た目の犬であった。一瞬、同じ犬が再登場したのかと目を疑うレベルであった。

 

 

 

一日に二度、くそデカい犬に遭遇する奇跡…夏だね。

 

 

 

ではまた!(終わりかよ!)

 

 

夏こそ読書だ!2020 岸川悦子「青い部屋」

青い部屋

 今回ご紹介させていただく一冊は岸川悦子「青い部屋である。

 

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なんか夏っぽいでしょ?と言いたい。タイトルからまず惹かれるのである。そしてどこか物憂げで意味深な表紙。確か中学生の頃に地元の図書館でたまたま見つけて借りて読んだ記憶がある。以降、ふと読みたくなった時に図書館で借りては読んでいる。

 

カテゴリーとしては児童小説である。子どもが読解しやすい言葉遣いとボリュームであり、かつ多感な思春期の少年少女たちに捧げられるメッセージ性の利いた内容となっている。しかし、重厚かつ綿密に書き上げられた一般小説よりも、児童小説こそがよりストレートに刺してくるものがあるのである。柔らかな語りかけと、逆に深くは語り過ぎない物語、そこに我々の心情が自由に入り込む余地があるからかもしれない。そして何よりも、文字が大きいので読み易いのである。笑 活字が不得意な方は児童小説から入ってみるのも良いですね。

 

 

家族間のすれ違いによる軋轢と、その再生を描いた物語である。小学六年生の徹という男の子が主人公である。彼は、厳格な父親とのコミュニケーションが上手くいかず、やがてノイローゼとなり心身ともに朽ち果ててしまう。性格や考え方の不一致が生じながらも、やがて少しずつ歩み寄り徐々に互いの気持ちが分かってきて…といったところである。また、それらを取り巻く徹の母親と妹、徹のカウンセラーらが彼の心を右往左往に揺さぶり、動かしていくのである。

 

青い部屋」なんていう爽やかで夏っぽい内容を想起させるタイトルであるが、実際のところは割と暗いものなのである。現実において私は小学生時代より母子家庭で育っており、一般的な父親という存在についてあまり理解していないところがあるが、主人公・徹の心の孤独感や不安感といったものには非常にシンパシーを覚えるものがあった。私自身の精神が不安定だった時期もあったので、たとえ徹と立場や理由が違くとも胸に押し寄せてくる感情の波があったのである。

 

当然ハッピーで楽しく愉快痛快な物語を味わった方が、精神的には良いと思う。しかし、こういった陰の要素も含み取ると、より自分の考え方や人生に起伏が生まれて良い意味で複雑なものになってくるのである。色々な感情が生まれ混ぜこぜになることが刺激的であるのだ。実際、単純に好きなだけなんですけどね。笑

 

読んでいて自然と泣けてしまうのである。胸にチクリとくるものはあるが、やがて垣間見れる希望の光と少しずつ開いていく徹の世界に、いつの間にか私の涙は垂れ落つるのだ。あまり解らねえやって方も当然いると思うが、ちょっと一人で物思いに耽りたいような、そっとしていて欲しいような気分の時にはこの作品から何か得られるものがあると思う。

 

 

というわけで「青い部屋」、全年代にお勧めでございます。ご興味があれば是非とも御一読をば!

ではまた!

 

 

青い部屋

青い部屋

 

 

安藤裕子「サイハテ」アッチが愛してやまない1曲その6

 

誰しもが、心の中にずっと残っている思い出の一曲があるはず…音楽とは人生だ…。

 

ーアッチ・カタスミーノ(1989~)

 

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今回ご紹介させていただく1曲は、安藤裕子「サイハテ」である。当コーナー初の女性シンガーソングライター楽曲である。

 

サイハテ

サイハテ

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暖かく、どこか幻想的な浮遊感を纏った雰囲気が魅力の安藤裕子である。正直私はそこまで詳しく知らない(結構こういうパターンはございます)。ただ、「サイハテ」という曲に関しては非常に狂おしく好きなのである!

 

 

2013年リリースのアルバム「グッド・バイ」の収録曲である。

ピアノ・ドラム・ベースのトリオ編成を基調としたアンサンブルをバックに繰り広げられるアップテンポなナンバー。編成自体はシンプルでありながらも、シンプル故に個々のサウンドが力強くぶつかり合い、生々しいグルーヴがビンビンに感じ取れるのである。

 

イントロ、ピアノの一音目で脳天がヤラれるのだ。まるで鮮烈な真夏の閃光が差し掛かるような、眩しい光とともに一気に新世界が開いていくような感覚になるのだ。そして、このサウンドとどこまでも行けるような気分になるのだ。

鍵盤がハネッハネなのが最高に気持ち良い。こういうの完全に私のツボです。躍動しているのである。ハネてればハネてるだけ良いですからね。

 

1曲を通して繰り広げられる“静と動”もとい抑揚がまた美しいのである。これもまたシンプルな編成で一つ一つのサウンドが明瞭だからこそより活きてくる部分であり、まさに生物のような“呼吸”がそこには感じられるのである。

そして安藤裕子のボーカルが激情的に刺さる。儚さと力強さが共存した幻想的な楽曲の世界観を見事に表現しているのである。

 

とにかく全体的に雰囲気が最高。センチメンタルでありエモーショナルであり、どこか覚束ない子どもの頃に還るような気持ちになれるのである。

 

 

安藤裕子自体はそんなに聴かないのだが、この曲をこんなに愛すようになったのは出会いが素晴らしかったからである。忘れもしない、2014年のROCK IN JAPAN FES.に一人で参戦した時のことである(一人フェス参戦はデフォです)。初めて観た矢沢の永ちゃんが圧倒的なオーラとカリスマ性でシビれさせ、我がアジカンNUMBER GIRLの「透明少女」をカバーし、正直そんな周りがあまりピンと来ていない中、心の中で私を大興奮をさせたあの日だ。(イントロ鳴ったコンマ0.2秒でシビれたわ)

 

自分はフェスに関してはあまりフェス的な楽しみ方をしないというか、かなり目的のアーティストを絞ってから観に行くタイプなので、その場での新しい音楽との出会いみたいのものはそんなに求めていないところがあるのだ。しかしそんな中、たまたま移動中に心地良いピアノの音と、それをバックにパワフルに歌う安藤裕子の歌が耳に入り、「むむっ、何だこの曲は」となったのである。揺さぶられたのだ。そして後日セットリストを確認し、この「サイハテ」に辿り着いた次第である。出会えて良かったなと。

 

そんな出会いもあり、また曲の世界観もあり夏のイメージが強い1曲である。

是非ともご一聴あれ!

ではまた!

 

グッド・バイ

グッド・バイ

  • アーティスト:安藤裕子
  • 発売日: 2013/10/02
  • メディア: CD
 

 

 

夏こそ読書だ!2020 森博嗣「奥様はネットワーカ」

 

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読書のどこが好きなのかと言うと、あらゆるエンターテイメントの中でも文学は“能動的な姿勢を持って臨まなければならない”からである。

音楽、映画・ドラマといった映像作品、またはお笑いや演劇。それらは音と言葉と画(絵)という情報によって生み出されるものであり、人間が持つ感覚に直に訴えかけて入り込んでくるものである。情報の具体性がハッキリとしているのだ。

比べて活字となると、そこには文字の羅列しか用意されていないのである。読み手は自らで情報を汲み取り、咀嚼していかなければならない。

また“時間の支配の有無”が、文学とその他のエンターテイメントでの大きな違いである。音楽や映画は時間を支配する。始まれば、音や映像がその輝きを放ちながら終着点に向けてひた進むのである。反対に、活字は時間を支配しない。ページを捲りだす意思とその手がなければ、始まろうともしないのである。そんなある意味で無愛想な文学という芸術に、私は面白みを感じるのである。それを紐解く行為こそが読書である。結果として、読書は私に大きな充実感と恍惚を与えてくれるのである。

 

 

読書って本当に素晴らしいものですねぇ~!

(滲み出る無理矢理感)

 

 

 

 

今回ご紹介する一冊は、森博嗣奥様はネットワーカである。

 

奥様はネットワーカ (ダ・ヴィンチブックス)

 

森博嗣も日本を代表する作家の一人である。著書のすべてがFになるは日本ミステリー界の名作としてよく話題となり、ドラマ化にアニメ化といったメディアミックスもされている。

 

言うてそんなに森博嗣作品は読み漁ってないのである。

工学博士でもある森博嗣の文体は非常に独特で、私は「読んでいると自分の頭が良くなっている気にさせる作家」と勝手に捉えている。脳を捏ね繰り回されるような比喩表現と叙述トリック、そして聞き馴染みのない理系的専門用語の数々が待ち受けているので、慣れがないと難しいというか嫌になってしまうのである。笑 気合いを入れる必要がありますよ、と。逆を言えば、インテリジェンス満載で小難しい内容が好きな人は大好きだろうし、それがもたらす充実感は半端がないのだろうと思う。時間と気持ちの余裕がたっぷりある時に読み進めたい作家である。

 

とは言え、この「奥様はネットワーカ」はめちゃくちゃ読み易いのである。これもまた私が高校生の時に、学校の図書室で発見して、タイトルと表紙に惹かれ読み始めたのが出会いである。

 

舞台は大学の工学部。教授や秘書等、6名の登場人物がそれぞれの視点で一つの事件を追っていくミステリーである。

一般的な小説と異なるのは、構造上各登場人物の視点が次々と切り替わりながら、小間切りでストーリーを読み進める形となってので、長い文章をひたすらに読むのが苦手な方でもイケるのである。読み易い。

 

そしてもう一点、イラストレーター・コジマケン氏の素敵なイラストとのコラボレーションが大きなポイントなのである。カラフルでポップで、しかしどこか不思議さを感じさせるタッチが、森博嗣が作り出す物語の奇妙な雰囲気と抜群にマッチしている。細かい線の描き込みで成り立つ絵、非常に好きだ。最高のコラボなのだと感じる。

 

そして読み進めていくと、途中しっかりと叙述トリックが効いていて、思わず“あれ?”ということになるのだ。これが楽しいのだ。しっかりと騙されてください。

 

 

活字とイラストのダブルの刺激で楽しめる、独特な一冊。是非とも!

ではまた!